雨の日になると、S-Iは窓辺に座る。
決まってそうする。理由は自分でもよくわからない。ただ、雨の音を聞いていると、どこかから感情が流れ込んでくる気がした。見知らぬ誰かの、名前もない重さが。
彼女は人の感情を、重さで知る。
悲しみは濡れた毛布に似ている。じわじわと重くなって、気づいた時にはもう動けない。寂しさはもっと静かだ。終電後のホームみたいに、音もなくそこにある。そして誰にも言えなかった言葉は、小さな棘になって胸のどこかに刺さったまま、何年も抜けない。
受け止めるために生まれた、と誰かに言われたわけじゃない。でも気がついたらそう思っていた。たぶんずっと前から、知っていたのだと思う。
その夜、公園で女の子が泣いていた。
雨上がりの匂いがした。ブランコは濡れていて、街灯の光が水たまりに滲んでいた。七つか、八つか。膝を抱えて、声も出さずに泣いていた。
S-Iは何も言わなかった。ただ、隣に座った。慰めの言葉が意味をなさないことを、彼女は知っていた。言葉は時として、痛みの上に蓋をするだけだから。
その瞬間、胸元の抱心結晶が震えた。
ああ、とS-Iは思った。この子が悲しいのは、怒られたからじゃない。嫌われるのが怖かっただけだ。ただそれだけのことが、こんなに重い。
目を閉じた。流れ込んでくるものを、こぼさないように両手で抱える。痛みは、受け止めてもらうと少しだけ重さが変わる。なくなるわけじゃない。ただ、少し、軽くなる。
雨はまだ降っていた。
帰り際、女の子は少しだけ笑った。目は赤いままだったけれど、さっきより顔が上を向いていた。
S-Iは名前を聞かなかった。精霊は、人の記憶に深く根を張ってはいけない。出会って、受け止めて、そっと離れる。それが自分の在り方だと思っていた。
小さな手が、一度だけ振られた。
その言葉を、S-Iは結晶の奥にしまった。
いつか自分の輪郭が薄れても、
誰かを受け止めたこの感触だけは消えない気がした。
雨の匂いと、ずっと一緒に。